ラードの海に溺れて

めし、酒、本、映画

誠実さ(としか呼んでくれない何か)について

 このブログに投下したエントリは13しかないんだそうだ。

 このエントリも含めても14にしかならない。3年もやっているのにね。

 

 デュワーズ12年を飲みながら、ピース缶を吸いながらひとりぼんやりと壁を眺めていた。別に壁の模様が顔に見えてくるということもなかった。考えていたのは、あそこの餃子はうまかったな、とかそんなことだ。白い漆喰ふうの壁紙に閃輝暗点が瞬いたのは偏頭痛の前兆だった。私だけしかいない部屋で、ムルヒという最高の男が爪弾く曲を聴いていた。

知ってて踊ろうよう

知ってて踊ろうよう

  • ムルヒ
  • ロック
  • ¥153
  • provided courtesy of iTunes

  普段家で飲むことはあまりない。タンブラーやショットグラス(行きつけのバーの5周年記念にいただいた、ロゴ入りのやつだ)はあっても、テイスティンググラスやロックグラスすらないのだ。デュワーズもショットグラスで飲んでいた。まともな氷もない。端的に言えば、家で飲む酒ほどまずいものはなかった。それならせめて家から5分のところにあるミュージックバーで飲みたかった。と言っても、安月給のサラリーマンが行ける回数なんてたかが知れているけど。

 酒と煙草、どちらかをやめなければいけないと言われたら、少しだけ悩んだあと、結局は煙草を選ぶと思う。どちらにせよ、身体に悪いものは魂には優しい。

 とは言え何故煙草を取るのかと言えば、いくら吸ったとて正気でいられるからだ。良くも悪くも。酒はそうじゃない。酒はただ全てを曖昧にする。自分が酒を飲むようになったのはバーに行くようになったからに過ぎない。バー以外で飲む酒は、今でも好きにはなれなかった。バーに行くのだって1人で行くことがほとんどだ。立ち並ぶ酒瓶は毎日バーテンダーに磨かれて胸を張っている。光が反射して煌めいているバックカウンターを敬虔な気持ちで祈るように見上げるのは一番の安らぎだった。でもアルコールが深くなるにつれ、敬虔な気持ちと、魔が差す境界線を綱渡りしていくような心持ちになる。時折足を踏み外すことも……ある。

 酒を飲むたびに頭をよぎるのは、「記憶は魂に深く刻まれる」という言葉だった。それが箴言なのか警句なのかは分からない。あるいはうわ言の類なのかもしれなかった。これも別に何かの本の一節というわけでもなく、ただそれっぽい言葉というだけだ。それも、深く深くアルコールが回っていくうちにどうでもよくなってしまう。どうでもよくなってしまう。

 たいていのことを私は流してしまっている。私に対しては何を言ってもいいと思っている人間もいれば、私がいる側で何をやってもいいと思っている人間もいるし、故に優しいと言ってくれる人間もいれば、事なかれに過ぎないと冷笑する人間もいる。見方はそれぞれだけど、少なくとも私は通常あまり他人に関心がないし、自分の感情の処理の仕方も上手い方じゃないし、怒ることにも疲れてしまう、そんな人間だった。自分1人が飲み込めば済むことならば、耐えていたほうがまだ丸く収まる、と考えることもある。そういった価値判断をするタイミングは多々あった。なんなら今でもそうだった。でも。

 ある時、参加するのにも全く気が進まなかった飲み会で、男が女に五千円払うから、と囁くのを聴いた。またある時は、また別の男にけしかけられた女に身を寄せられたことがあった。率直に言って吐き気を催した。何よりも堪えたのは、不愉快であると表明した途端、そこから孤立してしまったことだった。最初はただの口実だった体調不良を事実が上書きしてゆくのがわかった。吐けたらいっそ楽だった。でも思いのほか正気で、帰りに買ったスポーツドリンクを飲み干して、最後の理性で以て歯を磨いて寝るだけだ。整髪料を落とすのだけは明日の自分に任せてしまう。横になった時に少し逆流した胃液が食道を焼く。箪笥にぶつけた指が今更になって痛み出す。

 別に自分が出来た人間だとか、誠実だとか、真面目だなんて思っていない。私に向けられるそれらの言葉が孕むニュアンスは揶揄が含まれている。でなけりゃそんな言葉、軽々しく使えるはずがないのだ。言葉を信じるな、言葉の持つ意味を信じろ。たまたま私は類人猿の裸踊りに価値を感じないというだけの話だ。別に人は誠実であることに価値を感じているわけじゃなくて、言い訳が欲しいだけだ。「誠実な人」は言い訳をくれない人を言い換えただけの言葉で、あるいはつまらない人間だな、というニュアンスをこの餃子の皮ぐらい厚みのあるオブラートに包んだだけの言葉にすぎない。言い訳などくれてやらない。「ここまで言わせたんだから」なんて言説も大嫌いだ。てめえが勝手にしたことはてめえが勝手に責任を取ってくれ。人を舐めるのも大概にしろ。

 家に帰ってくれないか。

 

 ピース缶は重過ぎた。

 ハイライトメンソールに火をつけることにした。