ラードの海に溺れて

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冷凍挽き肉との付き合い方と鼠男

 一番最初の記事は、ベッドの上で、シロタさん(ニッセンのゆるキャラだ。れさ丸と対をなす可愛いやつだ)の顔のクソデカぬいぐるみに馬乗りになりながら書いた。

 解るか?25歳の独身男が築50年の木造アパートのベッドの上でぬいぐるみに馬乗りになりながら賞味期限が切れた豆板醤についてのブログエントリを書く気持ちが。解らなくていい。これはわたしの人生の話だ。

 

 わたしは月に一度、スーパーで買い溜めをする。OKストアとか、ロピアとか、メガドンキとかでだ。デカい肉とか調味料とか乾麺とかを馬鹿みたいに買い込んで、冷凍したりしてその月をしのぐ。

 ロピアはいい。これが商店街にある店なら、伊丹十三のテコ入れが入るであろう商品単位(ようはひとパックがめちゃくちゃデカいということだ)で肉とか魚とかが並んでいる。郊外店だからこその商品単位だ。駐車場に日産セレナを止め、IKEAの青いバッグ(ロピアはレジ袋が有料だ)に食材を詰めて帰る。ひとつのルーティンだ。

 それをまたロピアで買ったジップロックとかサランラップで小分けにして冷凍する。豚肉とか鶏肉とか、あとは合い挽き肉が多い。牛肉は店で食ったほうがいいと思っている。でも機嫌がいい時はデカいステーキ肉を買うこともある。

 いいか。人の本音なんてものは一番当てにならない。その瞬間、その刹那にたまたま「しっくりとくる」何かがたまたま「本音」として発露されるというだけだ。神妙な顔をして本音なるものを吐くような軽薄な人間には気を付けろ。そんなものには何の意味もないのだ。デカい肉に身も心も委ねろ。それが人のあるべき姿だ。

 ヴィーガンなら北海道で売ってる冗談みたいなデカさのキャベツに心を躍らせていてくれ。わたしもあれは好きだ。

 

 話が逸れた。

 

 人には800gとか1kgくらいの挽き肉パックをおもむろに購入してしまいたくなる時もあるだろう。

 電子はかりの上に載せたタッパーにラップをかぶせ、その上に挽き肉を載せて小分けにすることをしている人もいるだろう。

 そんな非効率なことはやめろ。

 大きなジップロックIKEAの安っぽいやつでもいい)に挽き肉を敷き詰め、平べったい一枚の肉の板にしたあと、ジップロックの上から、菜箸の端っこと端っこを持ち、賽の目に切るイメージで押さえつけるといい。挽き肉で板チョコを作るイメージだ。イメージが渋滞したが、なりふりかまっていられない。わたしはこのソリューションを画面の前の貴様に伝えたいのだ。

 板チョコのようにした冷凍挽き肉は、その都度割って使えるようになる。重さの見当もつけやすい。是非試してみてほしい。

 これだ、これだけ伝えたかった。このエントリの主題はもう終わりだ。あとは蛇足だから、読むも読まないも好きにしていい。

 

 

 さて、冷凍したひき肉に関しては、最初のエントリで書いたような感じに調理してもいいが、アル中カラカラおじさんのごとく、小分けにした挽き肉をライス代わりにしてもいい。

 ああ、アル中カラカラハイボールおじさん、ニコニコ動画の料理カテゴリランキング常連のおじさんで、ずっと前から動画をみていた。

 酒の飲み過ぎでパンパンに浮腫んだ手、キャンプ用のバーナーを畳の上に置き、鍋を乗せ、並々と油を注ぎ、串揚げを揚げるアナーキーっぷり。

 うっかり熱した油を手にこぼし、既に浮腫んでパンパンになった手が熱傷で真っ赤になる様は見ていられなかったが。

 Soda Streamで炭酸を含ませたウイスキーを100%ハイボールと言い張って飲み干すその姿、角瓶5Lボトルを常用し、結婚式でもなりふり構わないその姿には心に訴えかける何かがある。

 最近Youtubeでも動画が上がるようになって注目度が飛躍的に高まったことに一抹の寂しさも感じるようになったが、これはわたしの個人的な話だ。

 そう、これは今を生きる男の話だ。流れ星を思わせる儚さだが、別に輝いているわけじゃない。失礼な話だが。

 彼の生き様を見ると、昔を思い出す。

 わたしは今でこそ営業に勤しんでいるが、かつては警備会社で働いていた。新卒で入ったわけじゃない。日雇い派遣をしながらフラフラしていた頃に成り行きで入っただけだ。

 

 その成り行きを作ったのが、Nという男だった。

 

 ハゲ散らかした酷い猫背の男だが、その瞳は炯々としていた。見た目の印象は鼠小僧そのものだが、付き合いが長くなりつつある頃は、老獪だなという印象を受けた。でも関係の終わり頃ともなると、背中の丸まった、人生に疲れ切った1人の小男に見えた。

 まるで言いたい放題だ。Nが見たら顔をしかめるだろう。

 関西で会社を経営し、妻子もいて順風満帆だったその男。学生時代はアメフトをやっていたと言っていたが、その鼠小僧のような風体からは到底信じられなかった。

 阪神淡路大震災で一人息子を亡くしてからはすべての歯車が狂ったそうだ。

 妻とは離婚し、会社を売り払い、手許に残った金を飛田新地で溶かした。飛田新地で抱いたニューハーフの話をしてくれたときのことを覚えている。

「知ってるか?工事したニューハーフってな、常に股に棒を突っ込んでんだ。穴が塞がるからな」

 金が尽きかけると、薬物の売人をやっているフィリピン人の女と同棲を始めた。

 そのフィリピン人の女はサービス精神が旺盛だったらしい。

「ポングってわかるか?この280mlのペットボトルの蓋にな、穴を開けて管を通すんや。俺はこれ作るのうまいでえ。客へのおまけや言うて、女に散々作らされたからな」

 何年か前の、突き刺すような冬。現場近くの公園で、それこそ280mlサイズの甘いリンゴジュースを飲みながら彼は言った。

 

 彼はひどい糖尿だった。

 

 ある日、彼は仕事中すっ転んで足の甲に怪我をした。本来なら軽傷と呼んで差し支えないものだったが。

 わたしと彼は共に警備会社を2社渡り歩いた。2社目に入り、春の気配が感じられるようになった頃、日吉周辺の単発現場で、彼はぽろっとこぼした。

「この前すっ転んで怪我したところな、まだ治ってないんや。たぶん腐っとるわこれ。切らなあかんかもな」

 その現場が終わった後、彼とは駅近くの日高屋で飯を食った。糖尿で歯が抜け落ちた彼は、ほとんど入れ歯だった。

 ラーメンを啜っていた彼の入れ歯接着剤が剥がれたらしく、紙ナプキンで入れ歯接着剤をこそげ取り、塗り直す様子を目の前で見せられた時は流石に辟易したのを覚えている。ハイパーハードボイルドグルメリポート。お前たちのすぐそばにある話だ。

 

 次に彼と会ったのは、とある夏の日だった。

 

 わたしは社内で、親会社から降りてきたばかりの部長代理と共に、新しい現場の立ち上げを任され、国家資格の受験と同時並行して業務に取り組んでいた頃だった。

 

 新規現場で、人がいない。

 

 わたしはなりふり構わなかった。

 1社目で世話になった先輩とその幼馴染みが、食うに困っていると聞き、茨城から東京まで呼びつけ、金を渡し、自社の寮に入れさせた。

 八王子の駅前でホームレスを拾い、富士そばで飯を食わせ、金を貸し、面接に来るよう諭したこともあった――結局、彼は面接に来る前に万引きで捕まっちまった。「彼から代わりに一言詫びといてくれと頼まれたから」と、八王子警察署の刑事からわたし宛に電話が来たのを今でも覚えている。

 でもこの話ももう、済んだ話だ。

 そんな中で、「Nに入れる現場がない。引き取ってくれんか」と部長から打診があった。

 望んでいたかどうかはさておき、世話になった人間だ。どうにかして拾いたかった。

 親会社から降りてきたばかりの部長代理は、それに難色を示したが、「あかんかったら、さっさと切りますから」と頼み込み、自分の現場に引き込んだ。

 

 結果を言ってしまうと、彼は煮ても焼いても食えなかった。

 

 彼の目は糖尿で濁りきっていたし、有り金を全部競馬に注ぎ込むような男だった。「使い古したコンタクトレンズ」を、それも片方ずつつけて凌いでいたようなありさまだった。

 とある理由から、現場がだいぶ特殊だったのもある。

 しかしそれでも、彼は彼なりに必死だった。わたしに見切りをつけられたら、この会社をクビになることは目に見えていたのもあるのだろうか。ベテランとしての矜持もあったろう。警備員としてのノウハウをわたしに叩き込んだのは彼なのだから。

 立っているだけの配置に充てる線もなくはなかったが、しかし、ある出来事を機にわたしは彼を完全に切り捨てることにした。業務とは直接関係のないところだが。

 情けない話だし、これについてあえて細かく書くこともしないが、わたしが人材集めに奔走していたことに関連した話だ。あとは想像に任せる。

 (1社目からずっと、耳揃えて返してくれていたとはいえ、ほぼ毎月金を無心してきた彼にうんざりしてきたのもある。)

 

 解るか?それをすれば、わたしが自分に対して完全に見切りをつけるであろうことがわかり切っているのに、彼がそれをした理由が。

 解らなくていい。これは彼とわたしの人生の話だ。

 

 彼はサスケという名前の猫を飼っていた。

 猫を飼うことをしなければ、生きる意味がなくなってしまうかららしい。

「死ぬのはもう怖くない。もう心筋梗塞を2回やっているから、次に心臓が詰まったら確実に死ぬ。俺が怖いのは、俺が死んだあと、サスケに目ん玉を齧られることや。俺は身体は甘いでえ。糖尿やからな」

 故に、彼は保証人の欄に、わたしの上司でもある(わたしに引き取ってくれと話をした)部長の名前を記していた。

 目ん玉を齧られる前に、猫を引き取ってもらえるように。

 しかし結局、彼に直接退職勧奨を持ちかけたのは、保証欄に名前を書いた部長本人だった。

 その後、わたしから連絡を取ることも、彼から連絡が来ることもなかった。もう3年ほど経つ。

 

 彼の生死は杳として知れない。

 せめて目ん玉を齧られてなけりゃあいいが。

 

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